昭和天皇と日本陸軍の絶えざる相剋
平田眞一郎著
序
『昭和天皇と日本陸軍の絶えざる相剋』という大著を発刊することになった。原稿を読んでみて、大変含蓄のある優れた昭和史であると痛感した。
昭和七年の「五・一五」事件、昭和十一年の「二・二六事件」は、日本が陸軍の軍閥政治に完全に支配されることになる経過で発生したものである。その間の昭和天皇の動きが活写されているだけでなく、近衛文麿、木戸幸一らの行動が日本の悲劇を生むことになった元凶であることを教えている。
東条英機だけでなく、東条を走らせた者の責任と、それに対する指導者の対応にはいろいろ考えさせられるものがある。かつて著者の平田眞一郎氏に話したことがある。
新渡戸稲造が松山市を訪れ、講演前に地元記者に対しオフレコで、「近ごろ、毎朝、新聞を見て暗い気持ちになる。わが国を滅ぼすものは、共産党と軍閥である。そのどちらが怖いかと問われたら、今では軍閥と答えねばならない」と勇気ある発言をしたことである。
これをとらえて海南新聞は、新渡戸は国賊であると言わんばかりに社説、紙面を総動員して「新渡戸批判」を展開し、新渡戸を窮地に陥れたことがある。これを「松山事件」と称する。その時代の実相を書いてもらえないか、と平田氏に依頼した。平田氏は、忘れずにこの大著を物し、原稿が今年四月に届けられた。
近衛文麿、木戸幸一らは昭和天皇に真相を告げず、日本は悲劇の渕に転げ込む。いや、転げ込ませる役目を担った。この一事を知るだけでも、本書の価値がある。豊富な資料に裏付けされ、的確な引用を行っており、昭和史を研究するものにとっては必読の書である。
平成十七年十月吉日
財団法人新渡戸基金常務理事 内川永一朗